作家・吉村喜彦のホームページ

 本能寺の変があったのは、グレゴリオ歴(いまのぼくらが使っている暦)で、
 1582年(午年)7月1日。
 織田信長の誕生日は、1534年(午年)の7月3日。
 この梅雨の時期は、信長と深い縁のあるときなのです。
 (ちなみに、桶狭間の戦いも梅雨のころ)

 生没年が、午年(しかも、きのえうま)というの
 は、同じ甲午(きのえうま)生まれとしては、うれしいです。

 信長は、日本の歴史のなかでもまれに見る天才。
 オリジナリティーあふれる人物です。
 派手な出で立ちやイベント、行動・・・すべてが異能です。
 そんなこんなで、前から安土城の跡にいちど行ってみたかったのです。

 琵琶湖東岸の安土山にあった地上6階・地下1階建ての天主
(信長は天守と書かず、天主と書いたそうです)
 の想像図も美しいです。

天主想像図 安土城

 最上階は金色、その下の階は朱色の八角堂となっていて、
 内部は黒漆塗り、そして華麗な障壁画で飾られていたそうです。

 その姿は、宣教師ルイス・フロイスの『日本史』にも描写されていて、
 辻邦夫『安土往還記』にも美しく描かれています。

安土城の大手道

安土城の大手道

 信長の時代には、人や物があふれ、喧噪を極めた安土の山も、
 いまは、ひっそりと、静かにたたずんでいました。

天主跡から見える景色

天主跡から見える景色

 天主跡にのぼると、信長が眺めたのと同じ琵琶湖のうえを
 しっとりと湿り気をおびた風が吹き渡っていました。

 いまは、安土山のまわりの湖は干拓されてしまっていますが、
 当時は、もっと湖が近くにありました。
 安土山は、湖に突き出た半島のようになっていたようです。

 水にうつる安土城の美しさを想像します。
 いまは跡形もないからこそ、よけいに安土への憧れがつのります。

 さて。
 近江といえば、近江牛。
 近江八幡にある「毛利志満(もりしま)」に行きました。
 自社牧場で育てた近江牛の鉄板ステーキです。

まず、ガーリックをいためます。

 まず、ガーリックをいためます。

こんがりとしたキツネ色、カリカリになったガーリックからは、 香ばしいかおりが立ちあがります。

 こんがりとしたキツネ色、カリカリになったガーリックからは、
 香ばしいかおりが立ちあがります。
 うーん。お腹がなります。

 いよいよ、お肉の登場です!
 動画でごらんくださいね。

 

 

 料理人の大澤文彦さんの技が光ります。

料理人の大澤文彦さんの技が光ります。

いよいよ、お肉の登場です!(その1)

いよいよ、お肉の登場です!(その2)

いよいよ、お肉の登場です!(その3)

 写真を眺めているだけで、
 また、このお肉を食べたくなります。

 〆(しめ)は、ガーリックライス。
 カツオ節の入った、和風の味わいが特徴です。

 近江のくには、水があって、光がやわらかくて、緑が豊か、
 ひとが穏やか。
 お米も肉もお酒もおいしくて、
 ほんとうに豊かな土地だと思います。

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