作家・吉村喜彦のホームページ

翌朝、天高くさえずるヒバリの声で目覚めた。

ファンファーレとはブラスバンド。チォカリーアとはヒバリのこと。

たしかにチォカリーアのブラスの音と、くるくる回るようなヒバリの声はよく似ている。

朝食に出た半熟卵が濃厚で美味しい。

朝食メニューはこんな感じ

朝食メニューはこんな感じ

家の敷地内といわず道にも放し飼いにされている、野生に近い鶏の卵。肉もぷりぷりしていて、噛み応えがある。ぼくの泊まっている部屋の中まで鶏は遊びにやってくるのだ。

庭を走り回る鶏のぷりぷりした肉が美味しい

庭を走り回る鶏のぷりぷりした肉が美味しい

家の畑で採れたキュウリもちゃんと瓜のあおい香りがするし、トマトはしっかり固く、ぷりぷりしていて、みずみずしい。

新鮮な野菜サラダ

新鮮な野菜サラダ

人も動物も植物も、おおらかにこの土地の空気を呼吸し、水を飲み、ゆっくり咀嚼して育っているのでこんなにも美味しいのだろう。

ゼチェ・ブラジニ村の人口は約400

うち大人の男が4分の1。その85%(85人)がブラスを吹くといわれる音楽村だ。朝食をとっていると、食堂のとなりの居間では、シューロの息子フェルナンド(3歳8ヶ月)が身体よりも大きいホルンを抱え、ブッバカ吹いて遊んでいるのには驚いた。

ブラスを練習する3歳8ヶ月のフェルナンド

ブラスを練習する3歳8ヶ月のフェルナンド

こんな小さな頃からブラスと親しんでいるのだ。世界最速(1分間200ビート)といわれる、とんでもないスピードでブラスを吹きまくるファンファーレ・チォカリーアというバンドが生まれてくる理由がよくわかる。

ゼチェ・ブラジニ村のあるモンダヴィア地方はオスマン・トルコが約300年間支配し、その儀お、ロシアとの間で幾度も領土の争奪戦が行われた土地だ。

この地方にブラス・バンドが根付いたのは、オスマン・トルコの軍楽隊の影響だ。

ジプシー民族は、11世紀頃に発祥地とされるインド北部ラジャスタン地方から旅立ち、トルコ、エジプト、中東からバルカン半島を抜けて西に進んでいった。

ルーマニアには14世紀末頃には住みはじめたようだ。現在でも180〜250万人のジプシーがルーマニアに居住し(人口の約10%)、世界中で最もジプシー人口の多い地域だ。

ゼチェ・ブラジニ村はジプシーだけが住んでいる村。

土地を所有していた貴族達はジプシーたちに農作業をさせながら、何かイベントがあると、得意の音楽を演奏させたそうだ。

時代が下っても音楽の血は連綿と流れ、ブラジニ村のブラスバンドは、日頃は農作業をしながらも、近隣の村々の冠婚葬祭に招かれては演奏をし、金をもらっていたという。

やがて、社会主義政権が倒れ、人々の生活は厳しくなり、結婚式や宗教儀式のときに音楽家を頼む人は少なくなり、彼らの仕事は少なくなっていった。

ちょうどその頃(’96年)、一人のドイツ人が村を尋ね、近隣の村々で有名だったファンファーレ・チォカリーアの演奏に驚愕し、レコーディングとツアーを企画。

いままで見たことも聴いたこともない、肉体とたましいを揺り動かす爆裂ブラス・サウンドに世界は驚愕した。それは、人口たった400人のルーマニア北東部のジプシー村から、何のコーティングもなしに、土そのものから生まれた音楽だった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です