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4月1日売りの東京新聞の書評欄に、
『高齢ドライバー』(文春新書)の書評を書かせていただきました。

東京新聞・表札

高齢ドライバー

ぼくも、あと2年で、「高齢ドライバー」の仲間入り。
他人事ではない問題です。

(全文は下記の通りです)

「老いる自分を知る大切さ」

数年前、高齢ドライバーの運転する車でぼくの義母と友人四人が重軽傷を負い、うち二人は今も後遺症に悩まされている。原因はアクセルとブレーキの踏み間違いだった。近くのコンビニに突っこんだ車にも二回遭遇した。高齢ドライバーの事故は身近なものだ。
 この本を読んで驚いたことは、高齢ドライバーの多くが、自分の運転に自信を持っているというデータだ。長年の運転で培われた経験則と、加齢に伴う能力低下への自覚のなさから「わたしは大丈夫」と過信しているようだ。なるほど。それはよくわかる。その誤った自己像が、運転操作のミスにつながっているわけだ。
 昨年、改正道路交通法が施行され、七十歳以上の免許更新時に課されてきた高齢者講習に加え、七十五歳からの認知機能や視野の検査が強化された。昨年一年間に死亡事故を起こした七十五歳以上のドライバーの半数が、認知症や認知機能低下の恐れありと判定された、という報道もあった。
 著者の検証では、認知症の高齢者の運転には一時不停止や信号無視、蛇行、逆走などが多い傾向にあった。一方で、交通事故は虚血性心疾患や脳血管疾患などによる突然の意識喪失から起きることも多いのに、高齢者の事故リスクに対する認識は、認知症にかたよっているという。
 免許返納すれば済む話じゃないかとも考えられるが、そう簡単ではない。人間は心で生きている。車の運転がプライドに関わってくる人も多いし、交通の便のよくない地方では代替交通メディアの整備も重要だ。この本では、心理・医学・交通科学の専門家三人が高齢ドライバーに関するさまざまな問題点を挙げ、解決策を提示している。
 「交通は社会の縮図」といわれるそうだ。高齢ドライバーの問題は、日本人がいかに「老い」と向き合っていくかの問題でもある。老いるにつれて、「汝(なんじ)自身を知れ」という言葉がより大切になってくるのだと思う。

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