作家・吉村喜彦のホームページ

JF全漁連WEBでの連載「ニッポンさかな酒」。
「遠方の 朋と アサリと 蕎麦前と」を書きました🍀

 

https://sakanadia.jp/sakana/clam_soba/

 

*     *      *

佐賀県唐津に寿司の名店「つく田」がある。
親方の松尾雄二さんとは同年輩で、
同じような文化の下で育ってきた。

はじめてお店を訪ねたその日から気があい、
それ以来、唐津で、東京で、と何度か飲んできた。

ときには、朝までバーで飲み明かしたこともあった。
そんな親しい友と、晩夏の東京で数年ぶりに一献かたむけた。

室町砂場

待ち合わせは、日本橋「室町砂場」。
やはり一流の寿司職人とは、東京の蕎麦屋でも歴史があり、
ぼく自身が大好きな一流店がいい、と思った。

神田である。
江戸である。
蕎麦である。

松尾さんと飲むにはふさわしい店である。

*      *      *

さて。
「室町砂場」は「天ざる」「天もり」発祥の店だが、
蕎麦をたぐる前に、簡単な肴をつまみながらの酒。
これがたまりません。

たまごやき

必ず頼むのが、アサリの時雨煮。
身がふっくらとやわらかく、上品な出汁とぴりっとした生姜の風味がいい。
関東の醤油の美味さがまた、これらの味わいを引き立てる。
お通しとして出てくるときもあるが、
これは単品の肴として頼みたい。

あさり

まずは、サッポロの赤星でのどを潤し、
アサリの時雨煮をひとくち。
続いて、菊正宗のぬる燗を二合。もちろん本醸造。
おもわず、ため息。

菊正宗

子どもの頃、アサリはそれほど好きでなかったのに、
おとなになると、どうしてこれほど染みるのか。ほんとうに不思議。

ぼくが生まれ育ったのは大阪の泉大津という大阪湾に面した町だ。
1960年代前半までは、まだ白砂青松の浜が続き、
家から歩いて10分ほどの海で、兄が獲ってきたアサリを、毎朝、味噌汁の具にしていた。

 

そのころは、アサリの苦さが嫌で、汁だけ飲んでいた覚えがある。
そういえば、牡蠣フライも好きでなかった。
あの肝の黒いところが気持ち悪かった。
たぶん貝のもつ独特の苦みが、まさに「苦手」だったのだろう。

 

ところが、泉北コンビナートができて、海は埋め立てられ、
海岸線はずっと遠くに行ってしまい、もちろんアサリも忘れ去られてしまった。

そんなかなしい話をしながら飲んでも、
酒を美味く感じるのだから、ひとの感覚というのは妙なものだ。

漁船

 

調べてみると、日本のアサリ生産量は、愛知県が第一位だ。
たしかにあの海岸線はアサリがとれそうな感じがする。
かつて大阪湾もあんな風だったのだが……。

 

アサリの生産量は、
1960年代後半から80年代前半まで12万トン~16万トンの間を推移し、
比較的に安定していたという。
ところが80年後半から急減し、いまは、ピーク時の40分の1だそうだ。
この数字をみて、あらためて驚いた。

 

もっとアサリはたくさん獲れていると思っていたのだが、
自給率もかつて(1988年頃まで)は100%だったのに、いまは10%だという。

そばがき

なぜ、こんなにアサリが減ったのか。
海水温が上がり、干潟が減り、海がきれいになりすぎてプランクトンが減ったからと聞いた。

 

そういえば、かつて大阪でも下水が完備されていなくて、
人糞などは海に流されていた。きれいな海ではなかった。
肥ツボに溜まったものは地下水に染みとおって、海に流入していた。
でも、それが適度な栄養を海に与えていた。

昨年、今年の酷暑や豪雨。
きれいになりすぎた海。
極端にはしる気候、そして人間。

 

はたして「きれいすぎる」この社会(その割に、忖度や賄賂、差別がはびこっている)は、
ぼくらにとって幸せなのか。

 

干潟を失っていくことは、「縁側」をなくすことであり、「あわい」の消失だ。
「いい加減」が失われるということは、
自然と人間のバランスが崩れることを意味する。

はたしてAIが日ごとに進化していくことは、幸せなのだろうか。
AIには悪意がない。そして倫理もない。

いらこ

「いい加減」とは苦みと甘みをあわせて知ることではないか。
それはアサリの美味さを知ることに似ている。

 

1か0ではない。
アサリの味が、おとなになってわかる、というのは大切なことだ。
苦みと甘みは矛盾しない。
それらを包摂することが「おとなになる」ということ。

 

日本人は、どこかで「おとなになる」ことを勘違いし、
適当に「まあ、エエやないですか」と長らくやってきてるような気がする。
ほんとうの「いい加減」を忘れて、「エエ加減」で生きてきたのではないか。

 

そんなこんなを、アサリの時雨煮をつまみ、
菊正宗本醸造のぬる燗を飲みながら、松尾さんと語り合っていると、
いつのまにか黄昏のひかりが蕎麦屋のなかに入ってきていた。

まさに昼と夜のあわいの頃合いだ。

室町砂場のそば

 

ぬる燗、たそがれ、汽水域。
干潟、サッポロ、本醸造。

 

「ほどの良さ」が長い渚のような関係をつづけられる秘訣なのかもしれない。

いくら世界がシビアでも、
いやシビアだからこそ、そういう朋との酒は美味い。
後味のいい、爽やかな酒だ。

つく田の松尾さんと

「つく田」の松尾さんと

「朋あり。
遠方より来たる。
また楽しからずや、だね」
とアサリがつぶやいた。

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