暑いときは苦いものが美味しいです。
今日は、「アンゴスチュラ・ビターズ」というリキュール。
リキュール、といっても、その名の通り、とっても苦いお酒です。
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このアンゴスチュラ・ビターズ。
もともと南米ベネズエラでつくられた健胃薬。
つまり、胃のはたらきを助ける薬だったんです。
ところが、アルコール度数が45%もあるんですね。
そうすると人間は、(というか酒飲みは)さもしいもので、
すこしでもアルコールが入っていると、これを薬ではなく、お酒として飲んじゃえ。
と、まあ、こうなるわけです。
昨日、お話したジン。あれもまったく同じ。
もともとはオランダでつくられた薬だったんです。
マラリアなどの熱病のためにつくられたんですね。
ところが、これが爽やかな香りでキリッとして美味しい──
ということで酒飲みたちの人気になった、というわけです。
さて。そのアンゴスチュラ・ビターズ。
よくバーの棚の片隅におとなしく、ちんと坐っています。
ボトルからはみ出した超特大ラベル。
これが何より目立っています。
ラベルのおかげでボトルがよく見えない。不思議な外観です。
しかし、このアンゴスチュラ・ビターズは、カクテル界の名脇役なんですね。
むかしなら大滝秀治(ひでじ)や成田三樹夫(みきお)、小林稔侍(ねんじ)、大杉漣(れん)。今なら松重豊(まつしげゆたか)とか。そういった感じ。
バーの棚の隅にいても、存在感ばっちりです。
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味は、とにかく苦い。でも、そこに植物のあおい香りがすーっと立ち上がる。
ベースはラム酒。
リンドウや数種類のハーブ、スパイスをブレンドしているようです。
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のどの渇く夏。
飲みたいのは、ジン・トニックですが、アンゴスチュラ・ビターズを数滴たらす。
すると、ほろ苦さが、舌をキュッと引きしめ、液体がよりいっそう静謐に、静かに冷たくなります。
以前、カリブ海にドルフィン・スイミングに行ったとき、
船の上で、ヘミングウェイの真似をして、
ジンと生のライムとココナッツジュースを注ぎ、アンゴスチュラ・ビターズを数滴おとして飲みました。
●ライムのつんとした冷たさ
●アンゴスチュラ・ビターズのどことなくニスを思わせる香り
●ココナッツ・ジュースのまろやかさ
●ジンのキレのある味
これらが、カリブの潮風にぴったりでした。
液体の色は、錆びたピンク色になっていました。
そういえば、ジンにアンゴスチュラ・ビターズをたらすと、「ピンク・ジン」という立派なカクテルになります。
苦みはおとなの味わい。
いれたての緑茶、とれたての山菜、渓流のわさび、秋刀魚のはらわた──。
清冽なほろ苦さは、おとなにならないと、わからない味。
甘さはだれにでも、子どもにでもわかる味わい。
甘いだけ、見てくれだけ、上っ面だけの薄っぺらなコンテンツが跋扈しています。
「この国はお子ちゃまバンザイになってしまっていて、情けない」
そうお嘆きのあなた。
ぜひ、アンゴスチュラ・ビターズをご賞味ください。
ほっとひと息つけると思います。
「苦い朝もある」
ママレードの宣伝コピーに、そんなのもありました。
最近のCMは薄っぺらで、そういう深みのあるコピーを見かけません。
ママレードも苦いから美味しいんです。