「存在と 時間とジンと 晩夏光」 角川春樹
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2026年9月5日の二子玉川。
午前中、小雨が降ったが、
午後、光が射した。
川べりを久しぶりに散歩すると、汗ばむ陽気だった。
そんな、夏の終わり。
イタリアの作家、パヴェーゼの『美しい夏』を読んだ。

まず、タイトルがいい。
そして、書き出しも引き込まれる。
「あのころはいつもお祭りだった。
家を出て通りを横切れば、もう夢中になれたし、
何もかも美しくて、とくに夜はそうだったから」
(訳・河島英昭)

イタリアの夏。
透明な薔薇色の夕暮れが、じょじょに紺青に色づき、
やがて夜の帳がおりる──
そんな景色がくっきりと浮かんでくる。
トリノの洋裁店で働く16歳の少女ジーニアは、
年上の美しく自由な女性アメーリアと出会い、惹かれていく。
そして、彼女の男友達の画家に恋をして・・。
少女が大人になっていく。
甘酸っぱく、ほろ苦い、思春期の終わり。
それを描く筆致が、みずみずしく、かなしい。
よくぞ男性作家がここまで書けたと
感服した。

晩夏。
夏から秋へ移ろう季節。
思春期はもちろん、
河合隼雄が「中年クライシス」という年ごろも、あぶない。
それは、ある意味、人生の蒸溜期なのかもしれない。
死と再生。
こころして、晩夏を過ごさねば。
