ビートルズ解散(1970年)によって、ポール・マッカートニーが受けた大きな衝撃と心の揺れ。
そして、新たに結成したウイングスでの活動とその終焉。
ポール激動の10年を記録した映画が「MAN ON THE RUN」。(amazonプライム)

ビートルズ解散は、ちょうど、ぼくが高校入学の年。
独立したビートル4人が、それぞれ自分の道を模索していく姿は、
思い悩む高校3年間にばっちり重なっていた。

ビートルズのほとんどの曲は、ジョンとポールが作っていたが、
この曲はポール主導だなとか、これはジョンだなとか、
聴いているうちにだんだんわかってくる。
同級生のなかでも、ジョン派とポール派がいた。
ビートルズ独立後のジョージ・ハリスンの快進撃もあって、
ジョージ派も多かった。(ちょっとはずしたところにリンゴ派も)

ジョンの「ジョンの魂」「イマジン」、
ジョージの3枚組「オールシングス・マスト・パス」は不朽の名作。
ところが、ポールのアルバム「McCARTNEY」は、
音楽評論家などからあまり評判がよくなかった。
「ジャンク」や「Maybe I’m Amazed」「Everynight」「Teddy Boy」
など素晴らしい曲が多いのに、どこか寂しい感じがあって、いまひとつパッとしない。
でも、ぼくは、寂寥と喪失感にあふれたこのアルバムは、
ポールのアルバムの中では一番好きだ。
ぼくは甘酸っぱいビートルズの香りがするポールが好きだった。
シングル、「アナザー・デイ」は
ポールがメアリー・ホプキンに書いた「グッバイ」などに通じる
みどり色のような音楽だった。
思想や哲学をしっかり主張していたジョンに対して、
そんな内面的な「骨」があまり見えない、ポップなポール・・・。
悲しいことに、そんなイメージが、わりと浸透していたかもしれない。
(たしかに、この映画を観ていて、
ウイングスのメンバーに変な格好をさせて、踊らせたりしている。
これじゃあ、あの男っぽいギタリスト、ヘンリー・マッカロックがかわいそう。
ちょっとマジカル・ミステリー・ツアーのことを思い出した)
☆ヘンリー・マッカロックは、「マイ・ラブ」のリードギター・ソロが有名。
映画「マン・オン・ザ・ラン」は、
ビートルズ独立後、ポールが思い悩んでいた姿をくっきりと映しだしている。
もちろん、この映画タイトルは、ポール最大のヒットアルバム「バンド・オン・ザ・ラン」
にかけている。
このアルバムも素晴らしく愛らしい小品が多い。
たとえば、「ブルーバード」。
ビートルズから独立したあと、
ジョンがヨーコと、ポールがリンダとともに活動をしたことは、
ぼくの「原点」になった。
結婚したら、こういうふうに生きていきたいと思った。
レベルは違うが、ぼくも独立後、
女房とともに二人三脚で働き、生きている。
しかし当初、打ち合わせに行くと、編集者(ことに女性編集者)が
なぜ「奥さま」がご一緒なのかと不審な眼差しを向けてくることがあった。
この映画をみていて、音楽が素人だったパートナー=リンダは、
さぞたいへんだったろうと、あらためて思った。
ポールは独立後、さんざん不評を買い、自信も失い、
でも、「こんなことに負けてたまるか、クソッ」
と負けん気を出したというところが一番共感をおぼえた。
ナイジェリアでの録音直前にメンバー2人が脱退したなかで、
制作した「バンド・オン・ザ・ラン」には、
ポールのその不屈の気合いがおもいきり入っているのだ。
「曲を作ること自体が、失意の中にある自分を癒し、再起させるための唯一の手段だった」
というポールの言葉は深い。
*
そんなこんな。
自分の弱さも率直に語るポールに、共感できる映画だった。


